横浜華僑通訊

最新2023年4月号より抜粋

新任の呉江浩大使
着任早々僑界代表と接見

 先ごろ第13代中華人民共和国駐日本国特命全権大使に任命され、3月21日に着任した呉江浩大使は、23日午後5時から東京華僑会館7階ホールにて開かれた僑界主催の就任歓迎会に臨み、僑胞の代表と接見した。  この日の歓迎会には京浜地区の新老僑団の責任者約120名が出席した。横浜からは本会曽德深顧問(山手中華学園理事長)、陳宜華、楊文惠、朱銘江、譚優矢各副会長、張岩松理事(山手中華学校校長)、事務局李悦主任、横浜華僑婦女会李香玳会長などが出席し呉大使の赴任を歓迎した。
 また、この日の歓迎会には大使館から施泳公使、陳巍公使参事官兼総領事、王宝鋒一等書記官兼領事などが参加した。
 呉大使はあいさつで、在日華僑各界の歓迎に対し感謝すると共に古い友人と新しい友人と一堂に会することができてとてもうれしいと語った。
日本に赴任する直前、呉大使は北京で開かれていた今年の両会(「全人代」=全国人民代表大会と「全国政協」=中国人民政治協商会議)の会議に参加し、会議の成功を見届け日本に着任された。
 着任早々、呉大使が僑界代表と接見したことは、僑胞を重視する姿勢の表したもので、呉大使はあいさつの中でも広範な僑胞が祖国の現代化建設のために常に関心を寄せ、支持を示してきたことに感謝し、引き続き在日僑胞が愛国愛嬌郷の伝統を継承し、自身の事業と祖国の発展を結び付け、中日両国の各領域の交流と協力を積極的に押しすすめ、中国の物語をうまく語っていって欲しいと述べた。また、中国大使館は引き続き常に華僑華人に関心を寄せ、駐日大使館、領事館は僑胞の団結の家となり、温かい家でありたいと語った。
 呉大使のあいさつを受け、東京華僑総会陳隆進会長、全日本華僑華人社団聯合会賀乃和会長、日本中華總商会厳浩評議員会会長がそれぞれ発言し、呉大使の着任を歓迎した。
 午後六時過ぎ、呉大使に歓迎の花束が贈呈され、そして大使を囲み記念撮影を行った。
 その後、会場を同会館地下に位置する維新號宴会場に移し、懇親のための夕食会が行われ、参加した僑胞代表は呉大使と親しく懇談した。
 呉大使は1993~98年と2002~08年に在日本中国大使館に勤務していた経験があり、駐スリランカ大使や外交部アジア局長を経て2020年から外務次官補を務めていた。2月に孔鉉佑前大使の帰任を受け、このたび第13代中華人民共和国駐日本国特命全権大使として着任した。

呉大使
呉大使集合写真
福建会横浜分会成立10周年と
 游群会長就任を盛大に祝う

 3月13日、日本福建経済文化促進会横浜分会は横浜中華街のローズホテルにて会長の引継ぎ式と成立10周年の祝賀会を開催し、陳宜華氏に代わり游群氏が新たな会長に就任したことを内外に宣した。
 これには中国駐日大使館の陳巍公使参事官兼総領事を筆頭に多くの来賓と会員が出席した。本会からは謝成發会長が横浜華僑総会を代表して出席し祝意を表した。
 会長引き継ぎの式典では、会を象徴する大きな鍵が陳前会長から游新会長に手渡され、会場からは祝意を表す盛大な拍手が湧き起こった。
 退任する陳会長は2016年に会長職についてからの7年を感慨深く振り、その中でも2016年に発生した熊本大地震に際し、救援物資を満載した三台のトラックで被災地に向かい、被災した現地の同胞と地元の日本の方々に支援の手を差し伸べ、人道支援に国境はないことをしみじみ感じたことを回想した。

廣東同郷会理監事選挙を経て
 新年度役員就任へ

 一般社団法人廣東同郷会(陸煥鑫会長)は、2月4日(土)同会会館会議室で、新年度の理監事を選ぶ選挙の開票作業を行った。会則にのっとり、二年に一度役員選挙が行われている。
 郵送により投じられた選挙票は、選挙委員立会いのもと開票作業が行われた。
 同会会員には事前に会員名簿と投票用紙が送付され、投票用紙には18のマスの記入欄が設けられ、意中の人物の名前を上限18名まで記入できる。会員総数287名、有効投票数は132票(うち白票が2票、)。
 開票の結果、上位15名が理事に、16位から18位までの3名が監事に就任する。辞退者、物故者が生じた場合は次点の者が繰り上がる。
 この開票結果を受け、次期理事内定者15名が確定したことに伴い、3月4日(土)に開かれた理事会にて、当日出席した新理事候補者により会長・副会長の互選を行った。その結果、会長に陸煥鑫が、副会長に符順和、朱銘江、徐永賛の三氏が副会長にそれぞれ再選された。

婦女会 70周年に向かって
 全10回  第7回目

 〈本会を訪れた祖国代表たち〉  僑団僑会が集まる横浜中華街には、祖国中国から数々の代表団が訪れている。
 それは戦後の1954年頃から2000年頃に集中しており、21世紀の現在はあまり見られない。記憶にあるのは2008年の胡錦濤主席の母校訪問くらいである。
 本会にも数々の婦女代表団が訪れた。婦女会は、会をあげてこれら祖国からやってきた婦人代表団を熱烈に歓迎した。  年表から見るとそれは以下のようになる(2004年発行の五十年史より)。
 ①1957年中国紅十字代表団(李徳全団長)。中国紅十字会総裁。戦後国交のない中日で中国に残った日本人の帰国事業を推進した。1957年横浜ニューグランドホテルであった歓迎会では、中華学校の青年たちがピケをはって妨害を阻止した(写真1)。

李德全女士の肖像画をかかげてピケをはる校友生と教師たち
李德全女士の肖像画をかかげてピケをはる校友生と教師たち

 ②1956年和平代表団(許広平団長)。許広平女士は広東省番禺県出身。婦人運動家。魯迅の妻。魯迅の執筆活動の支えとなり、ともに革命闘争を闘った(写真2)。
中央右が許広平団長、左が何肖胭さん
中央右が許広平団長、左が何肖胭さん

 ③1976年婦女代表団(巴桑団長)。
 ④1977年婦女代表団(楊純団長)。
 ⑤1982年婦女代表団(康克清団長)(写真3)。康克清女士は全国婦女連合会主席として来日、16歳で長征に参加、唯一の女性中隊長として朱徳将軍とともに祖国開放のために闘った。
中央右が康克清団長
中央右が康克清団長

 ⑥1998年広西壮族婦女代表団。
 ⑦2000年王効賢女士来浜(写真4)。王効賢女士は、周総理の通訳として、また李德全総裁来日時の通訳としてあまりにも有名。
王効賢女士歓迎会(中列中央)。珠江飯店にて歓迎会
王効賢女士歓迎会(中列中央)。珠江飯店にて歓迎会

 ⑧2018年汪婉女士(写真5)。程永華元大使夫人。2018年に三八婦女節で一帯一路について講演された。本会では三八婦女節等でたびたび講演されたが、理論家で、美しい日本語を話された。
⑤講演する汪婉女士
⑤講演する汪婉女士

華文教育の
「新たな100年」を目指して 164
2022学年度卒業式 盛大に挙行

 3月10日午前、横浜山手中華学校六階体育館で2022学年度の卒業式行われた。ここ数年、コロナ禍で卒業式も式典の規模を縮小していたが、今年は四年ぶりに盛大な卒業式が行われた。この日学び舎を巣立ったのは小学部第77届、中学部第74届の生徒計128名、卒業生は全生徒、全教職員、および各界の来賓、卒業生家長などに見送られた。
 卒業式は鄭民財教導部長の司会で始まり、午前十時、中国国歌「義勇軍行進曲」が演奏され、式典が始まった。
 まず、張岩松校長が卒業生一人ひとりに卒業証書を授与したのに続き、学業品行優良賞、皆勤賞と三好賞の受賞者に賞状と賞品が授与された。また、駐日大使館、東京華僑総会、横浜華僑総会、横浜華僑婦女会、横浜關帝廟理事会、家長会、校友会から卒業生に記念品が贈られた。
 張岩松校長は横浜山手中華学校の全教職員を代表して講話した。張校長はその中でまず来賓方の臨席に感謝し、祖国駐日大使館や各僑会僑団が学校に寄せる厚意に礼を述べ、長きにわたり学校に関心を寄せ支援をしてくれた家長と各界の方々にも謝意が伝えられた。
 また、張校長は新型コロナのまん延により、このように盛大で厳かな卒業式は四年ぶりになったが、ようやくコロナ禍も落ち着き、学園生活も正常に戻りつつある中、こうして卒業生の顔を見ることができ、在校生、家長、来賓を含め約700名が整然と着席し、式典を行うことができたことは大変喜ばしいことだと述べた。
 張校長は卒業生に向け、「この先みなさんがどこに行き、どこに身を置こうとも、常に横浜山手中華学校の卒業生であることを忘れず、母校にいつでも帰ってきてほしい」と語った。そして、中学・高校に進学しても中華学校のすばらしい伝統と継承発揚していこうと呼びかけた。
 続いて曽德深理事長は学園理事会を代表し祝辞を述べた。そのなかで中華学校は華僑により創設され華僑により運営されていること、自身は1955年の卒業生であることを紹介し、華僑が受け継ぐべき華僑精神を「刻苦奮闘、自力更生、団結互助、誠信守則、敬祖愛郷、善隣友好、包容開放、進取創新」の32文字に込め、60余年前に自身が卒業した際に老師から贈られたという「心懐祖国、放眼世界」の言葉に「走向世界」の4文字を加えて卒業生へのはなむけの言葉とした。
 来賓を代表し、中華人民共和国駐日本大使館陳巍公使参事官兼総領事は、あいさつの中で卒業生と家長に祝意を述べるとともに、張校長以下すべての教職員に謝意を表した。そして卒業生に対し、今後は中日両国の交流のために貢献しようと呼びかけ、中国大使館はこれからも変わることなく横浜山手中華学校が行う華僑教育事業を支持し、中華学校が引き続き日本の華僑華人社会、中日友好事業、祖国の国づくりに貢献してほしいと語った。

四年ぶりに盛大な卒業式
中国語なう 122
「网红」Wǎnghóng
意味 中国版「ユーチューバー」、「インフルエンサー」

 「网红=網紅(わんほん)」とは、中国語で「ネット上の人気者」という意味を持つ「网络红人」の略。
 「网络(網絡)」は「インターネット」、「红人(紅人)」は「赤い人」ではなく、「人気者」のことを指します。
 美容系やお笑いの動画を配信したり、通販番組のようにライブ配信で商品を紹介したり、SNSでモデルとして写真を公開したり、その活動形態はさまざまです。
 企業とコラボする者もいれば、自身のブランドを立ち上げる「网红」も。
 「网红」の収入源は、広告収入が発生するところは、ユーチューバーと同じですが、紹介した商品が購入されることによって、成功報酬型の収入を得ている者もいます。
 それぞれの「网红」自身の魅力はもちろんありますが、中国は人口が多い分、市場に与える影響も大きく、このような「网红」を追い掛ける数多くのファン層を対象として、商品の宣伝・販売を行うビジネスモデルは「网红经济」とも呼ばれています。
 なかには、企業の広告塔になるために不本意な「キャラ変を強いられたり、「単なる金もうけだ」と視聴者に叩かれたり、時にはその表現が度を越してしまい、当局に拘束されたり……ということも。
 人気を博し、成功した「网红」は巨万の富を得る代わりに、何かと苦労が多いのは「ユーチューバー」とも似てますね。  さて、「网红」とは、もともとネット上で人気を得た人を指していましたが、最近では「ネット上で人気のある物事」の全てに使われるようにもなっています。例えば、「网红店」というと中国のネット上で注目を集めているお店のことであり、日本的に言うと「インスタ映えできそうなお店となるでしょうか。
 また、「网红景点」または「网红打卡点」と言えば、「ネットで人気の(観光)スポット」となりますが、ちなみにここで言う「打卡」とは一般的に言う出退勤の「タイムカードを打つことではなく、インターネットで「(Facebook)のチェックイン機能を使うことを言います。
 つまり、特定の施設や店舗などに居ることを友達に知らせる機能のことで、この機能を使うと、タイムライン上に自分がある場所に居るという情報が掲載され、広く友人らに知らせることができます。
 また、今では景色の良い場所で撮影した写真や食事などの写真、いわゆる「インスタ映え」する写真を撮影し、SNSにアップロードするという意味でも「打卡」という語が使われるようになっています。

上海横浜友好園 へ往く
横浜華僑通訊編集長 楊義誠

 2023年に横浜と上海は友好都市提携50周年を迎え、横浜市の国際課が祝賀行事を計画している。総体が決まらぬ中、早々に個人で記念行事を行おうと3月の暖かな日和の中、春のきざしを求めて横浜市中区の本牧市民公園内にある「上海横浜友好園」をぶらり散歩した。
 同園は横浜上海友好都市提携15周年を記念し、また横浜市制100周年、開港130周年を祝し、1989年に上海市から本市に寄贈された庭園で、老朽化に伴う改修工事の末に2021年7月にリニューアルオープンしたもので、玉蘭庁、湖心亭、竹門、庭院塀などからなり、湖には上海市の市花であるハクモクレンなどが植えられている。面積は103平米とこぢんまりし、訪れる人も少なく、玉蘭庁内にはイス、テーブルが置かれ、飲食や喫煙は禁止されているが、中国江南様式のぜいたくな空間を一人じめし、漢詩の一節を唱える分には誰からもとがめられることはない。
 春の一日、ひとり静かに記念行事を行えた。

玉蘭庁
玉蘭庁内