横浜華僑通訊

最新2023年12月号より抜粋

華僑総会理監事 懇親会開催

 横浜華僑総会理事会は11月16日、中華街の桂宮で全体理事会を開催し、謝成發会長から今年一年の総会活動への協力に対し感謝とねぎらいを語られ、今後予定している老朽化し、入居者の退出が完了した中華大厦の建て直しまたは総リフォームについて、寄付を募らずできるだけ自己資金で対処したいとし、次理事会にて各自の考えをうかがうこと、2024年の年間行事および新春聯歓会の日程と進行について意見交換した。
 続いて、懇親会へ移行し譚優矢副会長が司会をつとめ、改めて一人ひとりの紹介を行い、7月の就任後の理事同士の開襟した親交を深めた。
 譚優矢副会長が中締めのあいさつをした。

華僑総会理監事 懇親会開催
横浜日中友好協会
〈2023年交流と感謝の集い〉 開く

 11月26日、横浜日本中国友好協会(飯田助知会長)は中区山下町のローズホテル横浜にて、「日中平和友好条約締結45周年記念・横浜上海友好都市提携50周年記念・横浜日本中国友好協会中国語講座開設50周年記念〈2023年交流と感謝の集い〉を開催した。
 これには横浜華僑総会を代表して、朱銘江副会長が出席し横浜華僑総会を代表し祝辞を述べた。
 〈2023年交流と感謝の集い〉は二部構成で行われ、第一部では長年にわたり中国語講師として活躍された飯島啓子老師が、ご自身が携わってきた通訳や中国語教師の仕事などの経験を踏また講演をし、中国語学習においては発音はもとより「四声」をきちんと学ぶことがとても重要であることが伝えられた。
 第二部では同会で中国語講座の老師として永年にわたり教鞭を執られた三名の老師に飯田会長より感謝状と「桜梅桃李」の四文字を花文字で描いた額が記念品として贈られた。
 午後2時過ぎ、来場者全員で日本のうたである「ふるさと(故乡)」を日本語と中国語で合唱し、山口さち子副会長が閉会のあいさつをし、和やかな会はお開きとなった。

京浜華厨会所 山梨へバス旅行

 10月18(水)、19日(木)の両日京浜華厨会所は4年ぶりの1泊バス旅行を実施した。
 18日早朝、中華街パーキングに集合した一行30名は、前日とうってかわり秋晴れの暖かな日差しの中、バスで一路山梨へ。
 早めの昼食は各人ごとのご当地名物鉄鍋入りの「ほうとう」。食後バスに揺られてうたた寝移動し、訪れた先は奇岩瀑布に満ちた昇仙峡渓谷。ガイドさんに導かれて初めての方も何度も訪れた方も散策。
 その後、今夜のお宿の石和温泉は「癒やしと味わいの宿慶山」へ。湯量豊富な自家源泉かけ流しの湯と和の匠の技の夕食を堪能し、日頃の疲れをいやし、4年ぶりの旅行を祝い会員相互の交流を深めた。
 二日目は「桔梗信玄餅工場」を見学後、今旅のハイライト、蕎麦打ち工房「芦川村田舎体験おてんぐさん」でそば打ち体験。6班に別れ、一人あたり100gのそば粉と25gの小麦粉を渡され8割そばを打つ、先生の指示に従い取り組むが日ごろ手打ちの中華麺や餃子、ワンタンの皮を延し慣れたはずの面々だが勝手が違い苦心する。当初渡されたそば粉を「これっぽっちか」と思ったが茹で上がったそばは食べ切れないほどの量であった。山菜天ぷら、五目飯とともにいただく。にぎやかで楽しい旅の思い出に残る昼食になった。
 そして、一行を乗せたバスは「河口湖 富士山パノラマロープウェイ」乗り場へ、コロナ明けのインバウンドが多く詰めかけ、山頂駅まで2分20秒の乗車時間に対し、50分の待ち時間。行列の8割がたは海外からの観光客。日頃見慣れた南東方向から遠望する富士山と違い、山梨側の標高1.075mのカチカチ山からの富士山のパノラマは壮大であった。
 夕刻に中華街に無事帰着し、楽しい旅は終わりとなった。(華厨会所)

山梨へバス旅行
台湾同郷会定例会員総会 開催

 横浜台湾同郷会(余玉年末年始隆会長)は11月23日(木)ローズホテルにて定例会員総会を開催した。
 横浜華僑総会謝成發会長は招かれ、祝辞を述べた。
 第70回となる今総会には台湾の高雄市歯科医師サクソフォン隊らが招かれ、台湾民謡や日本の曲を演奏し、会場を大いに盛り上げた。

台湾同郷会定例会員総会 開催
あーすフェスタかながわ 開催
謝成發会長開会式であいさつ

 多文化共生イベント「あーすフェスタかながわ2023」が12月3日、中区の象の鼻パーク等で開催され、本会謝成發会長が開会式であいさつし、校友会国術団から二頭の獅子、また、校友会舞踊組が中国の民族舞踊を披露し、イベントを盛り上げた。が登場し、セレモニーに花を添えた。
 神奈川県には、現在176の国と地域の23万人を超える外国籍の人々が暮らしており、互いに多様な価値観や文化を理解し尊重しながら、「共に生きる」ことのできる豊かな多文化共生社会を築いていくことが求められている。
 神奈川県庁の大会議場で行われた今年のフォーラムのテーマは、「多文化共生のバトンを次世代へ~わたしの取り組み、これからの課題~」。海外にルーツがあり、子ども・若者支援に取り組んできた方をゲストに迎え、当事者の立場で、悩み事の相談、学習支援、母語や母文化の継承に取り組む中で感じた壁や、多文化共生の課題を乗り越え、次世代にバトンを渡すにはどうすればよいのかについて、来場者参加型によるディスカッションを行った。
 横浜華僑総会は長きにわたり「実行委員会」のメンバーとして、県内の多くの国々の僑民らとともにこのイベントに参画している。

あいさつする謝会長と民団 神奈川県地方本部 李順載団長
あいさつする謝会長と民団 神奈川県地方本部 李順載団長
秋の日の百花繚乱 四つの華僑華人合唱団 横浜に集う

 去る10月29日「第四届華僑華人合唱交流会in横浜」が横浜山手中華学校体育館で開催された。
 この交流会は日本で活動する華僑華人合唱団が一年に一度持ち回りで集まり、日頃の研鑽を発表し、交流を通して心をつなぐ目的で2016年より行っているもの。3年間のコロナ休止を得てこの日第四回目を迎えた。
 秋晴れの当日昼前、川口、東京、横浜から各合唱団員たちが中華学校に集結。会場設営、舞台準備、リハーサルを行った。事前に委員会が作成した工程表にもとづき一糸乱れぬ行動。そして午後2:00観客を迎えて開演。はじめに主催者を代表して茉莉花女声合唱団李香玳団長があいさつに立った。「コロナの三年間一番してはいけないこと、それは大きな声を出す合唱でした。私たち四つの合唱団はその悲しみ、苦しみを乗り越え今日この舞台に立っています。歌うことの喜びを胸に研鑽の成果をお届けします」と述べた。
 最初に登場したのは地元横浜の合唱団「茉莉花女声合唱団」弓田真理子指揮、ピアノ曽美江で「花の街」「アベマリア」「踊り明かそう」の三曲を演奏。続いて朱満玲指揮、ピアノ池田和美で「父亲的草原母亲的河」「夜来香」を演奏。牡丹は混声合唱団で交流会の中心団体の一つ、主に川口市で活動しいる。三番目に登場したのは「上海大学日本校友会聯誼合唱団」ピアノ唐雪媛で「草原情歌」と「見上げてごらん夜の星を」を演奏、上海大学卒業生たちによる合唱団。最後に登場したのは「三年一班」。鍾皓指揮、高田絢子ピアノで「大魚」と「越人歌」を演奏した。音楽家鍾皓さんが組織したグループで初ステージを暗譜で飾った。
 第二部ではそれぞれの合唱団が衣装替えをして得意とする中日の歌を披露した。最後は盛大な拍手に答え出演者全員で「故郷(ふるさと)」と「大海啊故乡」を舞台いっぱいに熱唱した。
 四つの合唱団は交流会終了後、会場を中華街に移してさらに交流を楽しんだ。美酒を楽しみ奧菜に舌づつみを打った。四つの合唱団からは趣向を凝らした太極拳、旗袍の舞い、集体舞、独唱、独奏など精彩な演目が続々と披露され、各テーブルでは乾杯乾杯がとぎれることなく続いた。
 後援団体を代表し、横浜山手中華学園曽徳深理事長は「合唱は戦争を止めることはできないが、力を合わせれば平和を拡げることができる。」とエールを送った。乾杯の音頭をとった横浜華僑総会謝成発会長は「皆さんの歌声に涙した」ことを伝えた。

(茉莉花女声合唱団)

第四届華僑華人合唱交流会in横浜
華文教育の「新たな100年」を目指して 169
第52回教育懇親会を開催

 学校法人横浜山手中華学園(曽德深理事長)は2023年12月1日(金)午後六時、「第52回教育懇親会」が横浜中華街の大珍楼で開催された。
 この日の懇親会には神奈川県・横浜市、鎌倉市の教育関係者、県下公私立高校、中学校、小学校、幼稚園の代表、学園理事会評議員会関係者と教職員など80余名が出席した。
 学園理事でもある横浜華僑総会謝成發会長、余凱・朱銘江・譚優矢各副会長も出席した。
 主催者を代表して横浜山手中華学園曽德深理事長があいさつし、出席者を歓迎し感謝の言葉を述べ、学園の新たな取り組みについても紹介した。
 続いて中国駐日本国大使館領事部の王宝鋒一等書記官兼領事が中国大使館を代表しあいさつし、日本の教育界をはじめ各界の中華学校に対する支援に感謝の意が伝えられたほか、中国大使館は引き続き中華学校を支えていく意向が示された。

第四届華僑華人合唱交流会in横浜
小紅運動会 開催

 10月21日、今年度も横浜山手中華学校の講堂をお借りして保育園小紅の運動会が開催された。
 オープニングの龍舞は、2歳児小花猫クラスの子どもたちが上手に龍を操ることができた。緊張しながらも2歳児を先頭に1歳児、0歳児が順に入場行進を行い、開会式ではみんなで開会宣言をし、全体体操を行った。
 園児紹介では、0歳児クラスの一番小さいお友だちから順に、発達に合った遊具を利用して一人ひとり披露した。0歳児のリズムあそびでは、大好きな保育士との触れ合いを楽しみ、1歳児や2歳児のお友だちも、かけっこや玉入れにチャレンジし、おゆうぎでは、最後までお客さまの前で自分なりの表現をすることができた。
 保護者の方を見て、気持ちが崩れてしまう場面もあったが、その都度保育士が寄り添い、気持ちの切り替えができるよう努めた。日常とは異なる環境のもとで、頑張ろうとする子どもたちは、立派だった。
 保護者の皆さまやご来賓の方々からのたくさんの拍手と声援を頂き、会場はとても和やかな雰囲気に包まれた。

(小紅)

小紅運動会 開催
中国語なう 125
「港车北上(港車北上)」   gǎng chē běi shàng

意味:香港居住者の自家用車が港珠澳大橋を経由して広東省へ移動すること
 2023年7月1日、香港特別行政区政府発足26周年記念日にあたるこの日、香港市民が観光、ビジネス、親戚訪問などのために自家用車等で広東省へ移動可能となる「港車北上」スキームが開始され、香港と珠海をつなぐ世界最長の橋「港珠澳大橋」を通るルートで実現しました。
 香港と広東省は同じ文化、同じ言語(広東語)を共有していることもあり、もとより互いの絆は固く、元来より相互往来は頻繁に行われてきました。
 いままで香港市民は主に公共交通機関を利用して本土と往復を行っていましたが、ある統計によると2017年から2019年にかけて、その数は年間のべ約1億6,000万回にも達したそうです。
 広東省に故郷を持つ香港市民も少なくないため、車で気軽に往来できるこの取り決めは香港と広東省はより一層身近にさせるものとなりました。
 もちろん事前の申請手続きが必要になりますが、「港車北上」スキームの開始に合わせて、検問所では「一站式」(ワンストップ)車両通関システムをアップグレードし、車両とドライバーの書類、指紋、顔情報などを読み取るようにしたことで、車両交通の効率を30%近く向上させることができたとのことです。
 ただ、課題としては広東省と香港では、運転環境や法規制、道路設計や車両の進行方向が異なるため、「港車北上」で中国本土に入る運転者は、本土での運転に十分な経験、知識、能力があるかどうかにも注意し、現地の法規を遵守し、出発前にGPSの設定をして地図や予定ルートなどの情報を集めることが求められます。
 「港車北上」スキームの開始に先立つ2023年1月1日、一足早く「澳車北上(澳門居住者の自家用車が広東省へ移動すること)」が先行して実現し、多くの澳門車両がボーダーを超え珠海へ入り、車で中国本土へ行くことが容易になりました。  そして、物価が相対的に安い中国本土を目指し「北上消費」することが、多くの市民のトレンドになりました。
 また、香港のガソリン価格は中国本土の倍近くであることから、香港のガソリン車は「港車北上」すると、帰途に国内でオイルタンクを満タンにすることが当たり前になりました。
 「港車北上」は、現在のところ香港と珠海をつなぐ「港珠澳大橋」で実現しましたが、香港に隣接する深圳とのボーダーでは未対応であるものの、今後の需要の高まりは必至で、近い将来に深圳湾などのボーダーから「港車北上」が実現する可能性もささやかれています。
 香港や澳門市民の旺盛な「北上消費」の意欲はすさまじく、「港車北上」・「澳車北上」のように車で広東省入りするだけでなく、買い物や食事を楽しむため多くの香港や澳門市民は、週末や祝祭日になるとこぞってボーダーを超え深圳や珠海へ渡り、点在する巨大なショッピングモール等は大いに賑わいを呈しているそうです。
 「粤港澳大湾区(広東・香港・澳門グレーターベイエリア)」の一層の融合が進む中、広東省は先端技術・サービスの研究拠点、香港は貿易・物流・専門サービスの拠点、そしてマカオは観光・レジャーの拠点として、それぞれがその役割を担い、華南エリアはますます発展を遂げていくことでしょうね。

年の瀬に2023年を振り返る
  横浜華僑通訊編集長 楊義誠

 ようやくコロナの感染力が衰えた今年、華僑総会のみならず各僑団、友好団体はそれぞれ本来の活動を再開した。
 本会は2月に3年ぶりに「新春聯歓会」を開催し、先き送りとなっていた古希・新成人150名を横浜山手中華学園講堂に招き祝福した。7月は第16届横浜華僑総会会員代表大会がロイヤルホールヨコハマで開催され、198名の出席のもと新理事52名、新監事3名が選出された。10月には3月に着任された呉江浩駐日特命全権大使を迎え、慶祝宴会、慶祝パレード、採青などで74周年国慶節を盛大に祝った。
 横浜華僑婦女会(黄巧玲会長)、廣東要明鶴同郷会(陸佐光会長)はともに70周年を祝い、日本福建経済文化促進会横浜分会(游群会長)は10周年を祝った。
 そんな祝い事が続く中、長年活動をともにしてきた仲間が永眠につく悲しい出来事もあった。中でも6月に83歳で逝去された任政光日本華僑華人聯合総会元会長、横浜華僑総会元会長にはお別れの言葉をかける機会もなく気持ちが宙に浮く。
 長崎出身の任会長は20代の時に横浜に転居し、1968年8月に中華街にて中国物産の輸入販売を開始。1971年7月「株式会社中国貿易公司」を設立した。
 以来、横浜のみならず、日本各地の華僑華人へ惜しみない支援と貢献をされた。私が初めて「中貿」を知ったのは中華学校の運動会の賞品に「中貿」提供のバナナの缶詰やアフリカ諸国向けと思われる極彩色に塗装された鉛筆を子どもたちが獲得したときだった。
 任会長の教育事業に対する支援はすでに多くの方が知るところで、国務院僑務弁公室が1998年以来甘肃省积石山县で実施している「華僑の寄付によって甘肃省积石山县内の各種小中学校を建設、改築、拡張し、さらに教育施設を購入することで、より多くの貧しい子供たちの学校に行きたいという悲願を実現できるようにすることを目的とする」“僑心学校”プロジェクトに任会長は31万元を拠出された。
 特筆したいのは2001年7月に海外、日本在住者計600名が参加した「全世界華僑華人中国平和統一促進大会 東京大会」では任会長は計画段階から積極的に関わり、大会を成功へと導いた。
 任会長の功績を語るにはあまりに紙幅が不足であるが、華僑華人に生涯貢献した偉人をここに書き記したい。

訃 告

林正美女士(薛長安氏妻君、中華学校46届薛学禎生氏、49届生薛学東氏ご尊母) 6月13日逝去されました。享年77歳
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

蕭桂祥氏(中華学校5届生、5届生潘久弟女士ご夫君、28届生蕭敬如氏、32届生蕭敬意氏、蕭敬和氏ご尊父)11月14日逝去されました。享年85歳
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
お別れの会は後日執り行われます。