9月30日(土)、横浜華僑総会はローズホテル横浜2階「ザ・グランドローズボールルーム」にて建国74周年の国慶節を祝う慶祝レセプションを催した。
これには呉江浩駐日特命全権大使をはじめ、駐日大使館から陳巍公使参事官兼総領事、王宝鋒一等書記官兼領事などが参加されたほか、篠原豪衆議院議員、駐横浜大韓民国総領事館李沅植副総領事、李恩姃専門官、在日本大韓民国民団神奈川県地方本部李順載団長、神奈川県小板橋聡士副知事、神奈川県議会亀井たかつぐ副議長をはじめとする神奈川県各部局の代表、横浜市城博俊副市長、横浜市議会福島直子副議長をはじめとする横浜市各部局の代表、横浜市中区小林英二区長、全日本華僑華人社団連合会賀乃和理事長、同会何徳倫会長、東京華僑総会陳隆進会長など、中日韓各界の友好団体の代表、京浜地区の各省同郷会の代表、地元企業並びに学校関係の代表などが多数の来賓のほか、県下在住在勤の広範な僑胞を含め、総勢約500名が来場し、国慶節を盛大に祝った。
10月1日(日)、国慶節を迎えた横浜中華街は街中に五星紅旗がはためいていた。
横浜華僑総会が主催する国慶節の慶祝パレードは午後1時に山下町公園を起点に出発し、1,000人の参加者が中華街を一周した。
パレードに先だち謝成發会長が主催者を代表しあいさつし、参加者を励ました。
また、この日のパレードには中国大使館から楊宇公使、陳巍公使参事官兼総領事、王宝鋒一等書記官兼領事などの方々が参加し、楊宇公使が大使館を代表し祝辞を述べた。
「義勇軍行進曲」が公園内に鳴り響くと参加者はステージ正面に掲げられた国旗に注目し、国歌合唱の後、パレードはスタートした。
詳細は次号 国慶節特集号に掲載
横浜華僑総会福利部は、9月13日(水)バスツアーで両国国技館での大相撲 9月場所4日目を観戦した。
中入の取組から観戦するため昼過ぎに参加者39名は大型バスに乗り込み中華街を出発した。
国技館に着くとまず正面奥に飾られた賜杯や盾の大きさに圧倒される、また館内でのグルメも充実しており地下一階では1日2000杯食されるチャンコが販売されていた。
親方との記念集合写真撮影後、ひいきの関取たちの取り組みに熱い声援を送った。
4時間程の滞在であったが取組の迫力はもちろん撮影スポットやお土産屋、歴史資料館など国技館全体を楽しめる工夫がされており、あっという間に結びの一番となった。
今場所は四場所ぶりに大関貴景勝が優勝した。
(福利部)
横浜中華学校校友会(潘永誠会長)は、2021年に創立70周年を迎えたものの、新型コロナウイルスの流行により延期となっていた「創立70周年記念大会」が8月5日(土)に、2年の時を経て無事に開催された。
前回大会の開催時同様、譚優矢(44届生)の司会で進行。母校の6階体育館に500名余りの校友生が一堂に会した。
まず初めに潘永誠会長(41届生)のあいさつから始まり、歴代会長が紹介された。初代張師捷会長(中華公立学校17届生)をはじめ多くの歴代会長も出席され、一言あいさつを頂された。
張岩松校長による乾杯のあいさつに続いて、校友生が複数世代続くご家庭への表彰が行われた。まず、4世代に該当する2組が壇上に上がり、潘会長から表彰の意と共に表彰状が渡され、会場から多くの拍手が送られた。4世代に加え3世代に該当するご家庭を含めた全73組の年代と氏名が全てスクリーンに映し出され、会場全員でその貢献を讃えた。
また、未来の校友会に貢献したいという思いから作られた「タイムカプセル」には、30年後の自分や校友会に向けて一人づつ想いを馳せて書いたメッセージが集められた。このタイムカプセルは未来の校友会に想いを乗せて、来たる「100周年記念大会」にて再び開封される計画。
そして「校友会ふるさと募金」と題して、会場では今大会に向けて特別に作られたタオルとステッカーが販売された。その売り上げは全て母校へと寄付される予定。
世代を超えた有意義な交流が、中華学校と校友会の更なる発展を確信した素晴らしい会となった。
翌日の8月6日(日)には毎年恒例の校友聯歓会が開かれた。来場者は総勢1200名を超え、例年に負けずとも劣らぬ賑わいとなった。
文芸として、まず在校生による獅子舞・舞踊・武術・ダブルダッチ部による演技が披露され、若さと活気あふれるステージで会場を魅了した。その後国術団からは夜光龍に加えて、舞踊では初の試みとなる夜光舞が披露され、伝統の中に新たな挑戦を取り入れた演技で来場者を惹きつけた。
ブースでは、横浜山手中華学校家長会・熊猫幼稚園家長会・横浜華僑婦女会の皆様と共に、学校の先生方によるドリンクや食品販売、子供向けのゲームコーナーが設けられ、年代を問わず楽しい時間を過ごすことができた。
そして潘会長が校友会を代表し、母校へ寄付金30万円を贈呈した。
創立70周年記念大会、そして校友聯歓会は皆様のご協力のもと、大盛況のうちに閉会した。
最後に、今大会にご協力頂いた各団体、各企業の方々にはこの場をお借りして深く感謝申し上げます。
(横浜中華学校校友会)
横浜中華学校校友会は、7月30日(日)に毎年恒例の卓球部OB・OG会を行った。当日は午後1時より学校体育館にて現役生との練習と試合を行い、交流終了後、21届の陳学群OB会会長が卓球部OB・OG会を代表して、学校卓球部に2万円の寄付を贈呈した。
午後6時からの懇親会は中華街・翡翠楼本店で開催され、今年もおおいに盛り上がった。
(卓球部OB・OG会 幹事32届 黄巧玲 )
横浜中華学校校友会バスケ部OB・OG会は、7月29日(土)に母校体育館で毎年恒例のOB・OG会を行った。
在校生、OB・OGは交流試合を通じ汗を流した。
その後、会場を中華街の三和楼に移し、打ち上げ懇親会を行った。
9月8日(金)正午より、婦女会館にて敬老会開催の予定であったが台風接近のため中止となった。
黄巧玲会長から理事たちへ、開催か否かの決定方法に関するメッセージが流れたのは前日の早朝。それまでの数日、判断に悩まれたとのことであった。
福利部では、数週間前から申し込みのあった会員に提供する70個のお弁当の仕込みをしていた。4年ぶりの開催を楽しみにしている会員のことを思うと慎重な判断をしなくてはならない。
天気予報では、前日の時点で静岡あたり。横浜上陸は避けられない。しかし、どうやら風は強くなく、進度は自転車程度であるとのこと。ますます判断に悩む。そして、会長、副会長、全員一致で”警報”が出たら中止という判断をした。
当日の朝、大粒の大雨が横浜に降った。ここ近年に見る線状降水帯が頭を掠めた。会館にはお弁当の仕上げのため、理事や会員が長靴にレインコートで早々に来館してきた。大雨警報は出ていたものの、風がひどくなく、雨も弱まる時間帯があったことが判断に悩む気象条件であった。
会館に来ていた黄会長と李桂子副会長は中止の英断をした。婦女会の平均年齢を考えたところ、やむを得ない状況であった。
雨が弱くなりつつあったので、お弁当を取りに来ていただけるかお届けするかも合わせて、会員たちへ電話やLINE(婦女会会員クラブ)で中止を呼びかけた。
お昼近くになると、会館へは会員のご家族たちが続々と来館され、立ち話に花が咲いた。取りに来られない近隣の会員へは、繆桂馨元会長、黄会長、羅明珠副会長が一軒一軒、車で配達し、中華街界隈の会員へは、理事が徒歩で配達に向かった。
開催する側としては、気が気でなく、気象に試される数日間であった。婦女会の団結力と柔軟性を再認識した出来事であった。
結果的に、温かさやきめ細やかさが、会員たちに喜ばれる敬老の催しとなった。
婦女会文化部部長 林 絵津子
横浜華僑婦女会70周年を記念し、特集したこのコーナーもいよいよ最終回を迎える。愛読いただいた皆さんに感謝しつつ最後の1稿をお届けする。
今回のテーマは三代の婦女会館について。
現在の婦女会館は2001年3月25日に完成した第三代目会館となる。設計はL・Kデザインオフィス、施工は松井建設。エレベーター設置の3階建て。朱色の欄干と3枚の御影石の石彫が施された民族色豊かなファサードである。
現在1階は法人に貸し出され、一時預かりの保育室として運用されている。2階は会員たちの活動の場として料理教室をはじめ、書道・気功教室として日々活用されている。3階は文化活動・体育系活動に有償で利用されている。総工費1億円。横浜華僑総会の協力のもと建設委員会が組織され、建設が実現した。そこには5年に及ぶ険しい道のりがあった。
横浜華僑婦女会は1953年成立、民族教育を守る学校闘争の中で、目覚めた母親たちが「団結・自立」を目指し、活動の場として会館を取得したのが1955年。自分たちの「へそくり」を差し出し、国貨販売会や粤劇の上演を行い、資金作りを行った。広範な僑胞も支援し協力した。一代目会館である。
二代目会館は1975年に完成した。木造モルタル造り。総工費は3千万円。横浜と東京の僑胞から募金が集められた。このとき、横浜福建同郷会からは物心両面の協力が寄せられた。1階の保育室は働く女性を支え、子どもたちには公園の外遊びで健康な環境が確保された。2階は横浜華僑総会と横浜華聯旅行社が事務所として、正常化以後の活動が展開された。婦女会館は横浜の活動のセンターとして役割を果たした。
婦女会は三代目会館建設を機に、先代から二代目にバトンタッチが行われ、さらに70周年を迎えた今年は三代目に継承された。そしていま40代・50代の若い世代が続々と入会している。
「団結・自立」を目指し、目は世界に向け、若い感性を持ってチャレンジしていくことを期待してやまない。
右から1代目、2代目、3代目会館
9月18日(月)、一般社団法人廣東同郷会(陸煥鑫会長)は、横浜中華街大珍楼にて4年ぶりとなる敬老慶祝大会を催した。
この日の敬老慶祝大会には、同会の70歳を超える長老会員99人を含む、0歳から100歳までの会員とその家族など総勢266名が集まり、大珍楼の3Fをメインフロアに据え、盛大な敬老会の開催となった。
冒頭、陸会長はあいさつで四年ぶりに多くの会員と再会し、一堂に会すことができた喜びを語った。
続いて、同会顧問で廣東要明鶴同郷会名誉会長でもある夏東開氏が乾杯の音頭を取り、祝宴が始まった。
宴席ではこの日のために特別に組まれたフルコースの料理が振る舞われ、ひとり一つの鮑の冷菜を皮切りに、フカヒレの姿煮上湯スープ、北京ダック、ホタテ貝の炒め、蟹爪揚げ等の名菜が宴卓を彩り、終盤では長寿を祝う宴席には欠かせないイーフーメンが登場し、デザートの一品にはやはり長寿を祝う桃まんじゅうが提供された。
70歳を超える長老会員各位には同会から健康を祈り長寿を祝う「紅包」が贈呈され、会員の任鎮東・林夏枝夫妻より敬老の日の記念品として中国の健康器具である「健康鉄球」が贈られた。
午後二時過ぎ、同会符順和副会長が閉会の辞を述べ、敬老慶祝大会はお開きとなった。
来年の新年会は年1月20日(土)の正午から、横浜中華街ローズホテルにて開らかれる予定である。
7月28日、本校の小川香那子教諭が引率し、横浜市中等教育学校教育研究会主催の第75回全日本中学校英語弁論大会横浜予選に本校生徒が出場した。
本校からは中学3年生の福林優奈さんが「COLD」と題したスピーチを行った。福林さんは「COLD」を、冬を乗り越えてこそ春の暖かさを迎えることができるように、困難を耐え忍び、苦難を恐れないことによってこそ希望と成功を得ることができるように、人生における困難な時期の比喩として用い、内に秘めた向上心と深い思いを表現した。
内なる志と深い思いを表現し、審査員や観客の心に響いた。
最終的に、福林さんはその努力と演技が評価され、「参加賞」を受賞した。本校が全日本高等学校英語弁論大会横浜地区予選に出場者を送り出すのは今年で21年目。
毎年、夏休みを利用して、講師が生徒を指導し、練習をサポートしている。
本校では、生徒が英語スピーチコンテストに積極的に参加することを奨励しており、生徒が英語力を発揮し、練習する場を提供するだけでなく、生徒が英語を学習する過程で、文章表現力と口頭表現力を継続的に強化することを促進している。
8月6日から10日まで、本校生徒が代表の呉紅涛先生の引率で北京に行き、2023年華僑青年サマー・スタディ・キャンプに参加しました。
このキャンプは、中華人民共和国国務院僑務弁公室の指導のもと、中国新聞社が主催し、中国新聞網、中国華僑華人ネットワーク、中国中国語教育ネットワークが共催したものです。
今回のキャンプ参加者は、6月に開催された「第1回華僑青年中国文化実践大会」の優勝者と一部の参加者が中心。
大会期間中、教師と学生は大会の表彰式に立ち会っただけでなく、中国語学習、研修旅行、交流、親睦に参加し、頤和園、万里の長城、北海公園、燕の巣など北京の有名な景勝地を訪れただけでなく、世界各国の友人もでき、中国の豊かな歴史と文明を学んだだけでなく、中国の現代における進歩と発展を感じ、貴重な学習の機会となった。
中国の歴史や文明を学ぶだけでなく、現代の中国の進歩や発展も感じることができる貴重な機会だった。
日程は非常にタイトだったが、キャンプ生たちはこの交流と学習の機会を大切にし、あらゆる活動に真剣に参加し、積極的に関わり、北京研修旅行を収穫いっぱいで終えた。
(山手中華学校)
8月9日、在日本中国大使館領事部主催の「在日中国大使館領事部一日体験」が横浜山手中華学校校舎で開催され、学園教職員と華僑総会組織部・文化部がボランティアとして協力した。
この日、陳巍総領事は大使館の領事部員を率いて会議室に事務所を構え、700人以上の華僑華人の領事業務を次々とこなした。
今回の「一日領事部」活動では、領事スタッフが申請者の書類を受理するだけでなく、「一日領事部」の機会を最大限に活用し、最近多発している誘拐や新手の詐欺行為に対する警戒と防止のビラを配布し、注意をうながした。
参加者は「書類の申請手続きが便利になっただけでなく、領事にAPPの使い方を学び、さらに公民の保護や詐欺防止の知識を学ぶことができ、とても有意義であったと語った。
任政光氏(横浜華僑総会元会長)が6月21日に永眠されました。
享年83歳。
任会長は生前、横浜のみならず、日本各地の華僑華人へ惜しみない貢献をされ、全球規模の両岸統一活動に心血を注いだ。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。